『・・・』
「誰だ?」
名前を呼ばれ、俺は前方を見た。
そこには空を思わせる碧髪を持つ女性が立っていた。
「お前・・・誰だ・・・?」
「私は。貴女の前世の人よ。」
・・・は?
んなもん信じられるかよ。
「信じられないって顔ね。」
「信じられる訳ねぇじゃん。」
と名乗った女は、少し悲しげな顔をしていた。
「今、貴女に全てを見せるわ。
その髪と瞳の色の事も。」
がそう言うと、真っ黒だった景色が変わった。
部屋の一室のような風景。そこにはが眠っていた。
「此処は500年前の天界。
そして此処は、私の部屋よ。」
隣に居る、は言った。
『様、ご起床を。天帝がお呼びです。』
を起こしに来た一人の女官。
はそっと瞳を開けて起き上がった。
『・・・解かったわ。』
そう言うと、ベッドから抜け出し、服を着替え始めた。
次の瞬間、見ていた景色が変わった。
『ご苦労であったな、太子。
此度もまた見事な働きぶりだったと聞く。』
『いえ・・・当然の事です。』
「私は闘神太子なの。
戦う為に生まれた殺戮人形だったのよ。」
「殺戮・・・人形?」
「天界を脅かす輩を始末できる者。
天界は基本的には無殺生だったから。」
何の感情もなく、天帝の前から去る。
「あの頃の私には感情がなかった。
あの人達と会うまでは・・・」
「あの人達・・・?」
再び、景色が変わった。
そこは執務室のようにも見えた。
が書類と格闘している。
『様。』
『・・・誰?』
目の前の人を睨みつけるような目でみる。
『今日から配属になりました水萍と申します。
以後御見知りおきを。』
『・・・討伐にも参加するの?』
『はい。そのつもりです。』
『・・・足手纏いにはならないでね。寧ろ戦いには一切手出ししないでね。』
そう言うと、は部屋から出て行った。
『・・・配下なんていらない。私一人で十分。』
そう言っては歩き出した。
廊下の角を曲がった時、一人の人とぶつかった。
「あれって・・・悟空?」
小さい悟空が見えた。
・・・可愛いかも。
『・・・どうしたの?こんな所で?
・・・金晴眼・・・』
金晴眼?
「なぁ、金晴眼って何だ?」
疑問に思った事を俺はに聞いた。
「金晴眼・・・それは災いを齎すと言われているわ。
悟空の瞳がそうよ。そして、私の目もね。」
そう言っては右目を見せた。
「これの所為で、私は『下賎の輩』と罵られ続けた。
これの所為で、闘神になったようなものよ。」
その瞳は哀しげで、俺は見ていられなくなった。
『なぁ、姉ちゃん。此処何処だかわかるか?』
『此処は分館の一番端っこよ?
貴方は何処から来たのかしら?』
『俺、金蝉の所に居るんだ!』
『金蝉って・・・金蝉童子の事?
なら、私が連れて行ってあげる。』
『本当!?』
『えぇ。』
悟空の笑に釣られてか、も笑顔になった。
「悟空は不思議な子よ・・・簡単に笑顔になってしまった。」
「彼奴の屈託のない笑は、心を癒されるよ。」
実際、俺もあの笑顔を向けられると思わず笑いたくなる。
『金蝉!!ただいま!!』
『クソ猿!!何処ほっつき歩いてた!!』
金蝉と呼ばれた男に殴られる悟空。
「金蝉って・・・三蔵に似てる。」
「そうね。彼は金蝉の生まれ変わりだから。」
そういわれると何となく納得してしまう。
『あ、あの姉ちゃんに此処まで連れてきてもらったんだ。』
『・・・太子・・・か?』
『初めましてでいいのかしら?金蝉童子。』
無表情で金蝉を見据える。
『じゃぁね。おちびちゃん。』
『あ、姉ちゃん。』
『ん?何?』
『姉ちゃんの名前、教えて!!』
『私は。』
『?
なぁ、たまに遊びに行っても良いか?』
『・・・良いわよ。
それじゃ、またね。』
そう言っては去っていった。
「・・・これが悟空と金蝉との出会い・・・かな。」
そう言うとまた景色が変わった。
そこにはは居ない。
変りに、金蝉と悟空と、他の二人の男が居た。
一人は肩につくくらいの茶色い髪で、白衣を来た眼鏡の男。
もう一人は、黒い短髪のオールバックの男。
『んでな、姉ちゃんに此処まで送ってもらったんだ!!』
悟空が楽しそうに二人の男に話を聞かせていた。
『って・・・太子の事か?』
『みたいですね。』
『姉ちゃんの笑顔、すっごく綺麗だった!!』
『・・・彼奴が笑った?』
『うん!!笑ってくれたよ。』
『・・・無表情の彼奴が?』
黒髪の男は驚きながら悟空に言い寄った。
『うん!!あ、捲兄ちゃんと天兄ちゃんも一緒に姉ちゃんの所に行こうよ!!』
悟空に手を引かれ、仕方なく付いていくって感じの男二人。
『ほら、金蝉も!!』
『・・・っち!!』
金蝉も仕方なく、腰を上げた。
『姉ちゃん!!遊びに来たよ!!』
そう言って、悟空は部屋のドアを開けた。
『・・・捲簾大将・・・天蓬元帥・・・何故此処に?』
『何故って・・・悟空に誘われたから。』
捲簾と呼ばれた男はさらっと、言いのける。
『姉ちゃん!!何かして遊ぼうぜ!!』
『何して?』
『ん〜〜〜・・・んじゃ、鬼ごっこ!!』
『・・・良いわよ。』
悟空に柔らかい笑を送る。
『本当に笑ったよ・・・』
捲簾はそう、言葉を漏らした。
「捲簾は悟浄の前世、天蓬は八戒の前世よ。」
の言葉をただただ聞いていた。
「とても幸せだったわ。
あの四人と居ると凍り付いていた心が解けていくのを感じた。
此処が私の居場所なんだって思った。
でも、この幸せも長くは続かなかった・・・」
景色が変わり、そこには観世音菩薩が椅子に座っていた。
『観世・・・実は頼みがあって此処に来たの。』
『あ?何だ?』
『多分・・・次の討伐の後、私は命を落とすわ。』
『予知夢か・・・』
の言葉に、観世音の顔が凍りついた。
『えぇ・・・そこでお願いがあるの。
この事頼めるの・・・観世しか居ないから・・・』
「観世は私の唯一の親友よ。
何時も、私を見ていてくれたの。」
『・・・頼みって、何だ?』
『生まれ変わっても、あの四人と一緒に居たいの。
だから、私をあの四人と一緒に転生して。』
『・・・』
『この事頼めるのは観世しか居ないの・・・』
『・・・解かった・・・』
『ありがとう・・・観世・・・』
は消え入りそうな笑顔で微笑んだ。
そして、景色が変わった。
そこは俺が夢に見たものだった。
『何があっても、お前を守っていく。
それが、捲簾大将との約束だからな。』
『水萍、ありがとう。
貴方だけね、異端児の私の事を気に掛けるのは。
でもね水萍。私は罪を犯したといって、下界に転生されるの。
そしたら、貴方の事も忘れるのかな?
捲簾の事も、忘れちゃうのかな?』
『そんな悲しい顔をするな。
私は、貴女が私の事を忘れてもずっと傍に居る。
観世音様に、頼んでおいた。
姿形が変わろうと、私は貴女の傍に居る。』
『ありがとう・・・』
「捲簾は水萍に私が討伐に行くたびに『を頼む』って言っていたらしいの。」
「・・・捲簾はお前の事好きだったのか?」
「・・・そうかも知れないわね。
私も彼の事が好きだった。でも・・・言う前に私は・・・」
の哀しい顔・・・何故か嫌だった。
「水萍はずっと私の傍に居てくれた。何があっても。
今も、貴女の傍に居るのよ?」
「え・・・?」
「剣に姿を変えてね。」
俺の持っている剣か・・・?
「貴女の目と髪の色についても説明するわね。」
さっきまで見ていた景色は消え、再び暗闇に戻った。
「その髪と目は・・・私の所為なの・・・」
「え?」
「私が異端児と生まれたばかりに、貴女に無駄な負担を掛けてしまった・・・」
「どう言う事かちゃんと説明してくれるか?」
「貴女の体内には、神の血も流れているの。
人間の血と、神の血が混ざり合って、髪と目の色が変わってしまった。」
・・・納得できない。
「何で俺に神の血が流れてるんだよ。」
「私の力がそうさせたのかもしれない。」
力・・・?
「私には予知夢と言う力があるの。表沙汰にはしなかったけれど・・・
その血を引いてしまったのかもしれないわ。」
予知夢・・・の力・・・
「貴女にはその力は無いのわ。未来なんて見えてもろくな事無いし。」
確かに・・・未来なんて見る力、今の俺には必要ない。
「・・・一つ聞いていいか?」
「何?」
「『力を取り戻せ、でないとお前が・・・』って声が聞こえたんだけど。
あれってどういう意味?」
「・・・水萍の声が聞こえたのね。
力・・・それは神の力の事よ。」
「神の力?」
「貴女には神の血が流れている。でも、神の力は覚醒していないの。
言わば、貴女は人間といっても過言ではないわ。」
「それと何が関係あるんだ?」
「千の妖怪の血を浴びると、妖怪になる。こう言う話があるの。
人間だった人が、千人の妖怪の血を浴びると妖怪になってしまうの。」
「千の妖怪・・・」
「今、貴女は千に近い妖怪を殺してきたわ。
今の貴女は人間だから、このまま行くと、貴女が妖怪になってしまう。」
あの声の意味が納得できた。
「神の力を得れば、貴女は妖怪にならずに済む。」
「なるほど・・・」
「でも・・・」
「でも?」
はそこで言葉を切った。
「神の力を取り戻すと、貴女が居た世界には帰れなくなるの。」
「は?何で?」
「神は異世界を行き来してはいけないの。」
「でも、観世音は俺の居た世界に着たぞ?」
「それは、観世が私との約束を果たす為に・・・
この事が天界に知れたら罰せられたしまうの。」
・・・どちらにしろ、俺は元の世界に戻れないような感じがする。
「ま、別に良いか。
あの世界に未練はねぇし。」
そ、俺の居場所はあそこじゃないんだ。
「帰れなくてもいいの?」
「だから、未練ねえって。」
俺は笑顔でそう言った。
今はこの世界に居たい。
あの四人の居る場所が俺の居場所なんだ。
「そう。じゃ、起きたら水萍に言って頂戴。
神の力を取り戻せるわ。」
「あぁ。解かった。」
「それと・・・」
「何?」
何か言いたそうな。
「貴女は、捲簾の生まれ変わりの事好き?」
「い・・・いきなり何言い出すんだよ!!」
赤面して驚く俺。
「貴女の行動でよく解かるわ。」
「・・・って、好きとかそんなんじゃねぇよ。」
仲間としては好きだけど・・・
「貴女はその気持ちに気付いていないだけよ。
きっと気付くわ・・・私のように・・・ね。」
始めて俺に微笑みかけてくれた。
その笑顔が俺は何故か嬉しかった。
「私から話すことはもう無いわ・・・
これ以上妖怪を切る前に、水萍に言って神の力を取り戻してね。」
「あぁ・・・解かった。」
「それから、」
「まだ何かあんのかよ。」
「水萍に伝えて『ありがとう』って。観世にもね。」
「水萍には伝えられるけど・・・観世音はどうかな・・・?」
「無理なら良いわ。」
「・・・会ったら伝えとく。」
「宜しくね。」
最後の笑顔もとても綺麗で・・・俺は思わず頬を染めた。
『必ず伝えてやるよ。』
俺はそう呟いた。
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