此処は・・・何処だ・・・?
真っ黒な闇の中・・・



第六章『前世の記憶』




・・・』


「誰だ?」


名前を呼ばれ、俺は前方を見た。
そこには空を思わせる碧髪を持つ女性が立っていた。


「お前・・・誰だ・・・?」


「私は。貴女の前世の人よ。」


・・・は?
んなもん信じられるかよ。


「信じられないって顔ね。」


「信じられる訳ねぇじゃん。」


と名乗った女は、少し悲しげな顔をしていた。


「今、貴女に全てを見せるわ。
その髪と瞳の色の事も。」


がそう言うと、真っ黒だった景色が変わった。
部屋の一室のような風景。そこにはが眠っていた。


「此処は500年前の天界。
そして此処は、私の部屋よ。」


隣に居る、は言った。


様、ご起床を。天帝がお呼びです。』


を起こしに来た一人の女官。
はそっと瞳を開けて起き上がった。


『・・・解かったわ。』


そう言うと、ベッドから抜け出し、服を着替え始めた。
次の瞬間、見ていた景色が変わった。


『ご苦労であったな、太子。
此度もまた見事な働きぶりだったと聞く。』


『いえ・・・当然の事です。』


「私は闘神太子なの。
戦う為に生まれた殺戮人形だったのよ。」


「殺戮・・・人形?」


「天界を脅かす輩を始末できる者。
天界は基本的には無殺生だったから。」


何の感情もなく、天帝の前から去る


「あの頃の私には感情がなかった。
あの人達と会うまでは・・・」


「あの人達・・・?」


再び、景色が変わった。
そこは執務室のようにも見えた。
が書類と格闘している。


様。』


『・・・誰?』


目の前の人を睨みつけるような目でみる


『今日から配属になりました水萍すいひょうと申します。
以後御見知りおきを。』


『・・・討伐にも参加するの?』


『はい。そのつもりです。』


『・・・足手纏いにはならないでね。寧ろ戦いには一切手出ししないでね。』


そう言うと、は部屋から出て行った。


『・・・配下なんていらない。私一人で十分。』


そう言っては歩き出した。
廊下の角を曲がった時、一人の人とぶつかった。


「あれって・・・悟空?」


小さい悟空が見えた。
・・・可愛いかも。


『・・・どうしたの?こんな所で?
・・・金晴眼・・・』


金晴眼?


「なぁ、金晴眼って何だ?」


疑問に思った事を俺はに聞いた。


「金晴眼・・・それは災いを齎すと言われているわ。
悟空の瞳がそうよ。そして、私の目もね。」


そう言っては右目を見せた。


「これの所為で、私は『下賎の輩』と罵られ続けた。
これの所為で、闘神になったようなものよ。」


その瞳は哀しげで、俺は見ていられなくなった。


『なぁ、姉ちゃん。此処何処だかわかるか?』


『此処は分館の一番端っこよ?
貴方は何処から来たのかしら?』


『俺、金蝉の所に居るんだ!』


『金蝉って・・・金蝉童子の事?
なら、私が連れて行ってあげる。』


『本当!?』


『えぇ。』


悟空の笑に釣られてか、も笑顔になった。


「悟空は不思議な子よ・・・簡単に笑顔になってしまった。」


「彼奴の屈託のない笑は、心を癒されるよ。」


実際、俺もあの笑顔を向けられると思わず笑いたくなる。


『金蝉!!ただいま!!』


『クソ猿!!何処ほっつき歩いてた!!』


金蝉と呼ばれた男に殴られる悟空。


「金蝉って・・・三蔵に似てる。」


「そうね。彼は金蝉の生まれ変わりだから。」


そういわれると何となく納得してしまう。


『あ、あの姉ちゃんに此処まで連れてきてもらったんだ。』


・・・太子・・・か?』


『初めましてでいいのかしら?金蝉童子。』


無表情で金蝉を見据える


『じゃぁね。おちびちゃん。』


『あ、姉ちゃん。』


『ん?何?』


『姉ちゃんの名前、教えて!!』


『私は。』



なぁ、たまに遊びに行っても良いか?』


『・・・良いわよ。
それじゃ、またね。』


そう言っては去っていった。


「・・・これが悟空と金蝉との出会い・・・かな。」


そう言うとまた景色が変わった。
そこにはは居ない。
変りに、金蝉と悟空と、他の二人の男が居た。
一人は肩につくくらいの茶色い髪で、白衣を来た眼鏡の男。
もう一人は、黒い短髪のオールバックの男。


『んでな、姉ちゃんに此処まで送ってもらったんだ!!』


悟空が楽しそうに二人の男に話を聞かせていた。


って・・・太子の事か?』


『みたいですね。』


『姉ちゃんの笑顔、すっごく綺麗だった!!』


『・・・彼奴が笑った?』


『うん!!笑ってくれたよ。』


『・・・無表情の彼奴が?』


黒髪の男は驚きながら悟空に言い寄った。


『うん!!あ、捲兄ちゃんと天兄ちゃんも一緒に姉ちゃんの所に行こうよ!!』


悟空に手を引かれ、仕方なく付いていくって感じの男二人。


『ほら、金蝉も!!』


『・・・っち!!』


金蝉も仕方なく、腰を上げた。


姉ちゃん!!遊びに来たよ!!』


そう言って、悟空は部屋のドアを開けた。


『・・・捲簾大将・・・天蓬元帥・・・何故此処に?』


『何故って・・・悟空に誘われたから。』


捲簾と呼ばれた男はさらっと、言いのける。


『姉ちゃん!!何かして遊ぼうぜ!!』


『何して?』


『ん〜〜〜・・・んじゃ、鬼ごっこ!!』


『・・・良いわよ。』


悟空に柔らかい笑を送る


『本当に笑ったよ・・・』


捲簾はそう、言葉を漏らした。


「捲簾は悟浄の前世、天蓬は八戒の前世よ。」


の言葉をただただ聞いていた。


「とても幸せだったわ。
あの四人と居ると凍り付いていた心が解けていくのを感じた。
此処が私の居場所なんだって思った。
でも、この幸せも長くは続かなかった・・・」


景色が変わり、そこには観世音菩薩が椅子に座っていた。


『観世・・・実は頼みがあって此処に来たの。』


『あ?何だ?』


『多分・・・次の討伐の後、私は命を落とすわ。』


『予知夢か・・・』


の言葉に、観世音の顔が凍りついた。


『えぇ・・・そこでお願いがあるの。
この事頼めるの・・・観世しか居ないから・・・』


「観世は私の唯一の親友よ。
何時も、私を見ていてくれたの。」


『・・・頼みって、何だ?』


『生まれ変わっても、あの四人と一緒に居たいの。
だから、私をあの四人と一緒に転生して。』


・・・』


『この事頼めるのは観世しか居ないの・・・』


『・・・解かった・・・』


『ありがとう・・・観世・・・』


は消え入りそうな笑顔で微笑んだ。
そして、景色が変わった。
そこは俺が夢に見たものだった。


『何があっても、お前を守っていく。
それが、捲簾大将との約束だからな。』


『水萍、ありがとう。
貴方だけね、異端児の私の事を気に掛けるのは。
でもね水萍すいひょう。私は罪を犯したといって、下界に転生されるの。
そしたら、貴方の事も忘れるのかな?
捲簾の事も、忘れちゃうのかな?』


『そんな悲しい顔をするな。
私は、貴女が私の事を忘れてもずっと傍に居る。
観世音様に、頼んでおいた。
姿形が変わろうと、私は貴女の傍に居る。』


『ありがとう・・・』


「捲簾は水萍すいひょうに私が討伐に行くたびに『を頼む』って言っていたらしいの。」


「・・・捲簾はお前の事好きだったのか?」


「・・・そうかも知れないわね。
私も彼の事が好きだった。でも・・・言う前に私は・・・」


の哀しい顔・・・何故か嫌だった。


水萍すいひょうはずっと私の傍に居てくれた。何があっても。
今も、貴女の傍に居るのよ?」


「え・・・?」


「剣に姿を変えてね。」


俺の持っている剣か・・・?


「貴女の目と髪の色についても説明するわね。」


さっきまで見ていた景色は消え、再び暗闇に戻った。


「その髪と目は・・・私の所為なの・・・」


「え?」


「私が異端児と生まれたばかりに、貴女に無駄な負担を掛けてしまった・・・」


「どう言う事かちゃんと説明してくれるか?」


「貴女の体内には、神の血も流れているの。
人間の血と、神の血が混ざり合って、髪と目の色が変わってしまった。」


・・・納得できない。


「何で俺に神の血が流れてるんだよ。」


「私の力がそうさせたのかもしれない。」


力・・・?


「私には予知夢と言う力があるの。表沙汰にはしなかったけれど・・・
その血を引いてしまったのかもしれないわ。」


予知夢・・・の力・・・


「貴女にはその力は無いのわ。未来なんて見えてもろくな事無いし。」


確かに・・・未来なんて見る力、今の俺には必要ない。


「・・・一つ聞いていいか?」


「何?」


「『力を取り戻せ、でないとお前が・・・』って声が聞こえたんだけど。
あれってどういう意味?」


「・・・水萍すいひょうの声が聞こえたのね。
力・・・それは神の力の事よ。」


「神の力?」


「貴女には神の血が流れている。でも、神の力は覚醒していないの。
言わば、貴女は人間といっても過言ではないわ。」


「それと何が関係あるんだ?」


「千の妖怪の血を浴びると、妖怪になる。こう言う話があるの。
人間だった人が、千人の妖怪の血を浴びると妖怪になってしまうの。」


「千の妖怪・・・」


「今、貴女は千に近い妖怪を殺してきたわ。
今の貴女は人間だから、このまま行くと、貴女が妖怪になってしまう。」


あの声の意味が納得できた。


「神の力を得れば、貴女は妖怪にならずに済む。」


「なるほど・・・」


「でも・・・」


「でも?」


はそこで言葉を切った。


「神の力を取り戻すと、貴女が居た世界には帰れなくなるの。」


「は?何で?」


「神は異世界を行き来してはいけないの。」


「でも、観世音は俺の居た世界に着たぞ?」


「それは、観世が私との約束を果たす為に・・・
この事が天界に知れたら罰せられたしまうの。」


・・・どちらにしろ、俺は元の世界に戻れないような感じがする。


「ま、別に良いか。
あの世界に未練はねぇし。」

そ、俺の居場所はあそこじゃないんだ。


「帰れなくてもいいの?」


「だから、未練ねえって。」


俺は笑顔でそう言った。
今はこの世界に居たい。
あの四人の居る場所が俺の居場所なんだ。


「そう。じゃ、起きたら水萍すいひょうに言って頂戴。
神の力を取り戻せるわ。」


「あぁ。解かった。」


「それと・・・」


「何?」


何か言いたそうな


「貴女は、捲簾の生まれ変わりの事好き?」


「い・・・いきなり何言い出すんだよ!!」


赤面して驚く俺。


「貴女の行動でよく解かるわ。」


「・・・って、好きとかそんなんじゃねぇよ。」


仲間としては好きだけど・・・


「貴女はその気持ちに気付いていないだけよ。
きっと気付くわ・・・私のように・・・ね。」


始めて俺に微笑みかけてくれた
その笑顔が俺は何故か嬉しかった。


「私から話すことはもう無いわ・・・
これ以上妖怪を切る前に、水萍すいひょうに言って神の力を取り戻してね。」


「あぁ・・・解かった。」


「それから、」


「まだ何かあんのかよ。」


水萍すいひょうに伝えて『ありがとう』って。観世にもね。」


水萍すいひょうには伝えられるけど・・・観世音はどうかな・・・?」


「無理なら良いわ。」


「・・・会ったら伝えとく。」


「宜しくね。」


最後の笑顔もとても綺麗で・・・俺は思わず頬を染めた。


『必ず伝えてやるよ。』


俺はそう呟いた。


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